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那覇地方裁判所 昭和49年(ワ)206号 判決 1976年4月21日

原告

新城正一

外一四七一名

右訴訟代理人

金城睦

外四名

被告

右代表者

稲葉修

右訴訟代理人

島尻寛光

外四名

主文

原告らの請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者双方の求めた裁判

一、原告ら

1  被告は原告らに対し別紙表賃金カツト額欄記載の金員およびこれに対する昭和四七年一〇月一四日以降支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行の宣言<後中略>

第二  当事者双方の主張

一、原告らの請求原因

1  被告は「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下単に地位協定という)第一二条第四項の規定によつて、日米両国政府間において締結された基本労務契約に基づく在日米軍基地従業員の法的雇用主であり、原告らは被告に雇用され、現に別紙表記載の職種職場欄記載の職種職場に勤務する基地従業員であり、且全沖繩軍労働組合(以下単に全軍労組という)の組合員である。

2  昭和四七年九月一五日(以下、本件当日という)、原告らのうち、別紙記載の一二二一番(玉那覇清)から一三六三番(島袋義雄)までの者、同一四七〇番(仲村義彦)から一四八一番(金城正雄)までの者、一四八二番(宮城勝子)から一四九六番(比嘉幸子)までの者はそれぞれの職場において就労し、その余の原告らはそれぞれその職場において就労を拒否されたものであるが、被告は原告らに対し同年九月分の賃金のうち別紙表記載の賃金カツト額欄記載の賃金を支払わない。

3  昭和四七年九月分の賃金支給日は同年一〇月一三日である。

4  よつて、原告らは被告に対しそれぞれ別紙賃金カツト額欄記載の金員および右金員の支給日の翌日である昭和四七年一〇月一四日以降支払済みに至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。<後略>

理由

一請求原因1(当事者の地位)、2(原告らの就労および賃金カツト)3(賃金の支給日)の各事実については当事者間に争いがない。

二そこで、本件ハチマキ着用による就労の申し入れ、ないし就労が、労働契約上債務の本旨に従つた労務の提供ないし履行といえるか否かにつき検討する。

まず、在日米軍が地位協定(昭和三五年六月二三日条約七号)第三条一項前段に「合衆国は施設及び区域内においてこれらの設定、運営警護及び管理のため必要なすべての措置をとることができる」旨規定されているところ、右協定に基づき、日本国政府とアメリカ合衆国政府との間に締結された基本労務契約により基地従業員に対して在日米軍が業務上の指揮監督権を有することは当裁判所に顕著な事実であり、また、在日米軍が本件当日、本件ハチマキを着用して就労しようとした原告らに対し警告書をもつて軍施設内でのハチマキ着用行為が禁止されているので右ハチマキ着用者らは本件ハチマキを取りはずして就労するか米軍施設内から出て行くよう警告し、また本件ハチマキを着用して就労してもこれに対し一切賃金を支払わない旨通告したこと、しかるに、原告らは右在日米軍の右警告ないし命令に応ぜず、本件ハチマキを着用して就労し、または、就労しようとしたことについては当事者間に争いがない。

ところで、原告らは、原告らによる前記のハチマキを着用しての労務の提供および就労行為はその提供する労務の内容に何んらの変りもなく、また、原告らの職種からみて職場の秩序を乱すものでないので賃金をカツトすることはできない旨主張する。確かに、原告らのハチマキを着用しての就労行為は、いわゆるハチマキ斗争であり、その目的とするところは組合員相互の連帯意識の昂場と団結の強化をはかるとともに、使用者に対して心理的圧迫を加え、他方、組合の要求を内外に訴えて大衆の支持を要請することにあるとはいえ、他面では組合員の提供する労務の内容には変りのないことからみると、右就労行為が使用者の正常な業務の運営を妨げるものでなく、また、職場の秩序を乱すものでないとすれば、使用者が右行為を違法として組合員に対して懲戒その他の不利益処分をなすことはできないと解すべきである。しかし、本件で問題となるところのハチマキ着用による就労行為が、雇用契約上の債務の本旨に従つた履行または労務の提供といえるか否かの判断については、右行為はまさしく組合活動であり、組合活動は本来組合員の負担においてなすべきであるから、使用者の負担に便乗した本件ハチマキ着用による就労は、使用者がこれを容認する等の特段の事情のない限り、債務の本旨に従つた履行または労務の提供があつたということはできないと解すべきである。

そうだとすると原告らは、在日米軍が、その権限に基づき本件ハチマキを取りはずして就労を命じたにもかかわらずこれに応ぜず本件ハチマキを着用して就労しようとしたり、また、就労したものであるから右就労は在日米軍の業務の正常な運営の妨げとなつたか否か、またその職場の秩序が乱されたか否かを問わず雇用契約上債務の本旨に従つた労務の提供、または、その履行があつたとはいえないと判断するのが相当である。

従つて被告の本件抗弁は理由がある。

三つぎに、原告らの再抗弁につき考えるに<証拠>によれば、全軍労組の組合員は一九六七年四月一八日から同月二一日までの四日間、幅約五センチメートル、長さ約八〇センチメートルの白布に「WAGE・HIKE」と黒書したハチマキを着用し、一九六八年四月一七日から同月一八日までの二日間右同様のハチマキを着用し、一九六九年五月二六日から同月二七日までの二日間右同様の形状の赤布に「首切り撤回」「春闘要求」「賃金引き上げ」等と黒書したハチマキを着用し、一九七〇年一月六日から同月七日までの二日間右同様の形状の赤布に「首切り撤回」と黒書したハチマキを着用し、同年八月二七日から同月二八日までの二月間右同様のハチマキを着用し、それぞれいわゆるハチマキ斗争を行つたが、米軍当局から賃金カツト等の処分はなされなかつたこと、在沖米軍の合同労働委員長陸軍大佐ロバートM・ピヤースから全軍労委員長吉田勇宛の一九七二年一月七日付の「琉球人雇用員による鉢巻、記章等の着用に関する政策」と題する書簡に、「琉球人雇用員の職場における鉢巻等の着用に関する米軍の政策は次のとおり、aその職権を問わず制限、特殊衣装を着用して接客を要求される職務にある者は鉢巻、腕章、記章額その他特に目につくもの等の着用は認められない、例、調理士、ウエイトレス、メイド、バスボーイ、売子、現金出納係、オープンメス、ピーエツクス、食堂等に勤務する者、b、鉢巻類の着用により資材、機械の運転が危険をもたらす職場で就労している者は鉢巻、腕章、懸章類の着用が認められない。但し、上記aおよびbに定められていない雇用員だけが職場での鉢巻類着用を認められる」旨記載されていること、しかし、沖繩の本土復帰後、在沖米軍が、在日米軍として「地位協定および基本労働契約」に基づき、原告らの従業員に対し監督権を持つに至つてからは、ハチマキ着用による就労は許されないとの態度をとるに至り復帰後、米軍基地の施設内の各掲示板に施設内においてハチマキ斗争が禁止されていることを内容とする「復帰後の労使の権利と題する警告書を掲示し(乙第一号証)、更に昭和四七年九月一三日に「在日米軍の施設及び区域内における従業員の行為」と題する右同趣旨の警告書(在日米軍公報七二―二号、乙第二号証)を原告らに配布してハチマキ斗争の挙にでないよう警告したこと、昭和四七年七月二〇日、全軍労組牧港支部でハチマキ斗争を行つた際、在日米軍の武装兵約五〇〇名によつて、ハチマキ着用者が基地内から退去させられたことおよび同年九月一二日牧港第二兵站部隊内の従業員がハチマキを着用して四時間のストをなした際、基地指令官は基地内での右ハチマキ着用は禁止されているとして、相当数の武装兵をもつて、右ハチマキ着用者を基地内から排除させたことを認めることができ、右認定に反する証拠はない。

右事実によると、確かに、復帰前においては在沖米軍が原告ら組合員のハチマキ着用による就労を黙認していたことは窺えるが、しかし、これをもつて、本件のハチマキ着用による就労当時、原告と被告および在日米軍間に被告らが右就労につき賃金カツトをしないという法的拘束力をもつ慣行にまで至つていたと解することはできず、また、原告と被告および在日米軍との間に賃金カツトをしないという合意の存在すると認めることもできず、他に原告らとの右主張を認めるに足りる証拠もない。

してみると原告らの右再抗弁は採用し難い。

四よつて、叙上の事実によると、原告らの本訴請求はいずれも理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(山口和男 喜如嘉貢 仲宗根一郎)

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